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 少年は無言のまま、不自然に盛り上がった土の上に、木の棒で作った簡素な十字架をささげた。
蛇は少年の頬に顔を寄せ、慰めるようにその巨大な身を寄せた。
少年は無意識に手を伸ばして、その蛇を撫でてやる。
 「……さあ、中に入ろう。今夜は冷える」





 サラザール・スリザリン、十四歳。
彼の瞳に、死の炎が宿った、秋の夕暮れ。







 彼が物心ついた頃には、すでにこの屋敷に住んでいた。一番古い記憶は、この屋敷の庭掃除をしたことだ。
それ以外――この屋敷で起こったこと以外の記憶が全くない。覚えている限り、この山から下りたことがなかったのだ。
 「サラザール、水を汲んでおいで」
 「はい」
 それは彼が十の頃だった。風呂に使う水を、師である魔女に汲んでくるように言われた。サラザールは巨大な桶を魔法で
浮かしながら、城の裏手の井戸まで歩いた。
 既に日は傾いて、山の中に潜む暗い生き物が頭をもたげ始めているころ。井戸の木桶から水を移していると、リスが
ちょこちょこと走りよってきた。
 足元をじゃれ付くリスを、サラザールは鬱陶しげに睨む。
 「……日が落ちる前に家に帰れ」
 リスは無垢な瞳でサラザールを見上げ、そして肩に這い登る。サラザールは軽く溜め息をついて、汲み終わった桶を
また魔法で浮かしながら(水をこぼさないように運ぶ、一種の修行だった)屋敷へ戻ろうとした。
 「こないだの木の実はもうないぞ、実験に使ったから……」
 肩で毛づくろいをするリスに語りかけるが、リスは一向に降りようとしない。以前木の実をやったから、
懐いてしまったのかもしれない。頬にあたる柔らかな毛並みが心地良かったから、無碍に振り下ろすことも出来ず、
屋敷の入り口までリスを連れて行った。
 扉の前で、サラザールはリスの首根っこをつまんで地面に下ろした。
 「師匠は動物があまりお好きでない。此処なら安全だから、草陰で寝ていろ」
 リスは了承したように一瞬首をかしげ、芝の豊かな場所を見つけて、そこに腰を据えたようだった。
ふう、と一息ついて、サラザールは扉に手をかけた。
 その手を見て、一瞬絶句する。
 手首に蛇が巻き付いている。真っ白な、およそ野生には向かない色素の蛇。この森に現れる動物は――まして蛇なら、
必ずといっていいほど毒を持っている。
 変に振り払おうとすれば、その瞬間に噛み付かれるだろう。サラザールは扉の取っ手に掛けた手をそのままにした体勢で
硬直していた。
 舌をちょろちょろ出しながら、蛇がその紅い目をあらわにした。光の加減でチラチラと金色に光る。
サラザールはその目をみた瞬間に確信した。
 紅い目の、白い蛇。
 (バジリスク……!?)
 その意を察したように、バジリスクはするすると腕を登ってきて、首にゆるく巻きつくと、甘えるようにその頬を甞めた。





 バジリスクを、わずか十の少年が支配下に置いた瞬間だった。





 サラザールはバジリスクを密に飼い始めた。幸いまだ幼い蛇だったので、場所もとらなかった。
数日ともに過ごすうち、バジリスクと目をあわせられる限界は二分、ということが解った。
それ以上目を合わせると、手足の先から徐々に石化していくのだ。
 なぜバジリスクがサラザールの支配に下ったのか。後に彼はあらゆる全ての蛇を統べる能力を持つことがわかるのだが、
このころは見当もつかなかった。
 バジリスクが食べるのは小型の動物や昆虫だった。サラザールは遣いや用事の帰りに適当な食料を掴まえて、
バジリスクに食べさせてやる。普通の蛇よりも成長が遅く、飼い始めて三年経っても大きさは殆ど変わらなかった。
 それでも次第に凶暴化することが多くなり、よくサラザールの部屋のものを壊し、脱走を試みる
ときもあった。何度か師にも見つかりそうになったが、何とか切り抜けていた。
 実際、サラザールが大人になりその能力や天才ぶりを発揮するようになってからは彼に従順だったから、
このころのバジリスクはサラザールのことをなめて掛かっていたのかもしれなかった。




 運命の時は唐突にやってきた。サラザールは十四になり、窓の外の森は紅葉している。
 サラザールはここ数日体調を崩していて、一昨晩からベッドで寝込んでいた。
バジリスクは他の部屋に隠しておいたから、見舞いにきた師に見つかることはなかった。
 「昨日の薬湯が効いたようだね。どれ、もう一杯作ってこよう。ついでに何か食べるものもね」
 師は空になったグラスを持って、部屋を出て行った。
サラザールは薬湯のおかげでかなり回復して、歩き回れるくらいになっていた。それでもまだだるさは抜けず、
ベッドに身を沈めたままでいた。
 バジリスクは空腹のはずだ。部屋を抜け出していなければ良いのだが。
 そう思案しながら、暗いベッドの天蓋を見つめているうち、ゆるやかな眠気に襲われて
サラザールは瞳を閉じた。



 目覚めたのは夕方だった。時計を見れば、あと一時間ほどで日が落ちるころあい。
結局師の薬湯を飲まずに寝てしまった。いまからでも、と思い、身を起こして卓に手を伸ばした。そして手が止まる。
 薬湯がない。食べかけの粥も、数時間前のままだ。師は几帳面で綺麗好きな魔女だったから、洗い物をこまめに
片付けていた。時間も決まっていた。すると、食べかけの皿がここにあるのは不自然だった。
 もう一杯作ってこよう、とも言っていた。
 「……師匠?」
 来ていない。薬を作ってくるとこの部屋を出てから、少なくとも数時間、この部屋に訪れていないのだ。
後頭部にちりちりとした痛みを感じる。いやな感じ。
 サラザールはベッドから降り立った。足とはこんなにか細いものだったか。自分の身体はこんなに重いものだったか。
一瞬よろけそうになりながらも、棚や壁を伝って部屋を出る。
 「……バジリスク」
 もしかして、師は。
サラザールの予感は的中した。螺旋階段をゆっくり降りながら、踊り場に倒れ伏している師を発見した。
 「師匠っ……!」
 駆け寄ると、既に絶命していた。顔は苦痛にゆがみ、血と涎が口の辺りを汚していた。
傍らにはドアが壊れて倒れている。――バジリスクを隠していた部屋だった。
 西日に目を細めながら、部屋の中を目で探る。その西日をさえぎる影を見つけて、サラザールは驚愕した。
 「バジリスク……なのか」
 白い体は、最後に見たときの二倍ほどにも膨れている。以前はサラザールの腕や足に絡み付いてじゃれる程度だった
ものが、今ではサラザールの身長よりも長い。胴回りはサラザールと同じくらいありそうだった。
 ただ変わらない、紅と金にちらちらと光る眼。
 サラザールは恐怖と驚愕でへたり込んでしまった。――やはり、食うのか。
すとん、と恐怖が抜けた。もうどうにでもなれ、と。だがバジリスクは、師の血を吸っただけで満足したようで、
「もの」を食べようとはしなかった。サラザールの顔に擦り寄ってきて、小さかった頃と変わらず、撫でてくれと甘える。








 穴掘りの呪文は一週間前教わったばかりだった。それで師の墓穴を掘ることになろうとは。
バジリスクに師の遺体を運ばせて、土の中に眠らせてやる。井戸の奥の花畑から適当に積んできて、
簡素な木の十字架と共に立てかけた。
 日は暮れる寸前、秋の紅い空がだんだんと濃紺に飲み込まれていこうとしている。
 「……」
 無表情に墓を見下ろすサラザール。後ろで、バジリスクがとぐろを巻いて座っていた。
決意したように一度眼を瞑って、再びあける。
 バジリスクはそっとサラザールに顔を寄せ、慰めるように頬を甞めた。サラザールはその頭を撫でてやる。
 「……さあ、中に入ろう。今夜は冷える」



























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 サラザールとバジリスクの出会いのお話。
他の三人は、魔法使いになるまで、のお話ですが、サラザールは
生まれてすぐに山に捨てられ、魔法使いに育てられたという内輪設定なので
このお話を書きました。
 十歳と十四歳のサラザールが出てきますが、現在(27歳の設定)のサラザールと
外見は変わりません。そのままちっこくなった感じで想像していただければv


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