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 私、は今、人生で一番の「モテ期」を迎えている。
 蜀の槍族三人組といえばわかるだろうか。
 ある日突然、この三國無双の世界に来てから、趙雲、馬超、姜維の三人は私の側を離れようとしない。
嬉しいのだけど、顔・腕っ節・権力の三拍子に加え、若くて将来有望のおまけつき。平凡な現代の小娘でしかない私には、
少々どころかかなり勿体無い気がする。
 もう元の世界に帰ることも諦めている。来たときの記憶すら曖昧で、戻る方法など見当もつかないのだ。未来の不安はあるけど、
蜀でこうして生きていられるのだから、魏でも呉でも生きていけそうな気がする。

 そうして今日も私は、劉備から与えてもらった小さな部屋で目を覚ます。



Bergenia




 が起きるのは、大抵日が昇って夜が完全に形を顰めたころ。元の世界にいたころなら、ちょうど学校に行くような
時間帯だった。もとの世界では早起きな方だったが、この世界の人々にしてみれば遅いのだという。
 はこの時間に起き、着替えて厨房に行く。そこで雑用のようなことをして日中を過ごしているのだ。劉備は何もしなくて
いいのだと言ったが、どうにも手持ち無沙汰で、何かできることを、と望んでこの仕事をしている。最近は、手の空いている時に
厨房に入り、料理を教えてもらっている。
 大抵、毎朝姜維か趙雲か馬超が起こしに来て、を厨房に送り、自分の仕事に行くのだった。
 起こしに来るのが馬超でないと良いな、とは思った。寝台から上半身を起こして下を見ると、また寝間着が肌蹴ている。
もし起こしに来るのが馬超なら、寝室の戸をあけた途端、発情して襲い掛かってくるに決まっている。
 「……何せ、馬だもんな」
 と一人呟く。こちらの服にはどうにも慣れない。趙雲は「は寝相が悪いから」と言うが、決してそんなことは無いと思う。
 そのとき、とんとん、と戸を叩く音が聞こえた。誰何するより前に、姜維です、という声が聞こえた。はほっとして、寝間着を
掻き合わせて寝台を降りた。こちらに来たときに着ていたカーディガンを羽織り、寝室から出て部屋の戸を開けると、背筋をぴっと
伸ばした姜維が立っていた。を認めたとたん、にこりと破顔する。
 「おはようございます、殿。……よかったです、もう馬超殿か趙雲殿がいらっしゃっているかと」
 そう言った姜維は、走ってきたのか、軽く肩が上下している。
 はにっこりと笑む。
 「ううん、伯約が来てくれて嬉しい」
 馬超だったら、前述したように朝から貞操の危機に陥りかねない。趙雲にしても、「寝間着のまま出てくるなど、朝から
誘っているのか」と部屋に押し入って、ちゃっかり鍵を掛けたりする。
 三人の中で、まともに起こしに来てくれるのは姜維くらいだ。
 が言うと、姜維は顔を真っ赤にして後ずさった。手をわたわたと振っている。身長に見合わない幼い反応が可愛いと思う。
 「わ、私などで、よ、良いのでしたら、まま、毎朝でもお迎えにあがりますっ!!」
 「そうしてくれると嬉しいかも」
 首をかしげて、上目遣いで姜維を見ると、もはや湯気が見えないのが不思議なほどに上気した。
 ――自分はなかなかのいじめっ子かもしれない。
 そう思いながら、準備するから待ってて、と言い残し、戸を閉めた。



 朝からの色に中てられて、へろへろになった姜維と共に厨房に向かった。料理はまだ覚え切れていないので、主に料理を
運ぶのが今の仕事だ。頼まれれば、デリバリーのように居室へ食事を運んだりもする。
 「姜維はここで食べていくの?」
 「はい!」
 厨房の側には、簡単な談話室のようなものがあって、赴任していて私邸がない官吏などはここで食事をする者も多い。姜維は
もちろん私邸を持っているし、そこには専属の料理人もいるのだが、の側にいたいのか、いつもここで朝食を摂る。
 は厨房に顔を出した。
 「おはようございまーす、入ります」
 良い匂いと湯気の立ち込める広い厨房から、「おう」とか「おはよう」という声が沢山返ってくる。近くに居た料理人の女が
言った。
 「待ってたよ、。これを趙雲様に届けておくれ」
 ご指名だからね、からでないと受け取ってくれないのさ、と苦笑いをした。
 「はーい」
 も苦笑いを返しながら、出された盆を受け取る。さすがは武人だけあって、朝からすごい量だと思った。慣れたが、未だに
盆を持つと重みで震えてしまう。なんとか支えて、厨房を出た。去り際、
 「戻ってきたら馬超様の分もだよー」
 という声が聞こえた。げっそりした気分で廊下に出ると、後ろから姜維がやってきた。
 「殿、お持ちします!」
 と並んで歩きながら、姜維は手を出そうとした。は鼻息荒く言った。
 「大丈夫! これが仕事なんだから、あたしがやるの。そんなことされたら、伯約から丞相と槍を取り上げるようなもんよ」
 と、気丈に振舞って見せるが、足取りはゆっくりだし、危なげだった。姜維はの歩みにあわせて歩いた。バランスを取ろうと
ふらふらなを見て、姜維は、口元に手をやってくすくすと笑った。
 「わ、笑うなー!」
 それでも笑いは止まらない。既に、腹を抱えて口元を覆わないと声が漏れそうな笑いになっている。それもそのはずで、両手に
盆を載せて、地面と盆と前をきょろきょろと確認しながら、妙に背筋を伸ばして、そろりと歩く様は、いくらが小柄で可憐な
容姿でも滑稽だった。
 目の端に涙を浮かべた姜維は、の持っている盆から、茶器だけを取り上げた。
 「見るに耐えません。これだけでも、お手伝いします」
 茶器の分軽くなって、の滑稽な歩き方は、だいぶましになった。はばつが悪そうに、ありがとう、と言った。恥ずかしそうに
頬を染めるを横目で見やり、姜維は満足げに微笑を浮かべた。



 程なくして趙雲の私室に辿り着く。私邸とは別に、城内に用意された趙雲の部屋だった。の部屋より格段に豪奢だが、
執務室と、簡単な客間、寝室しかないので、さらに広大な私邸とは比べるべくも無い、小部屋と言ってよかった。
 がノックしようとするが、両手が塞がっていてできない。
 「うー……」
 唸って、苦肉の策で足を上げた。
 「殿!」
 咎めるような、恥ずかしそうな姜維の声が聞こえるのと、目の前の扉が開くのが、殆ど同時だった。目的の場所へ蹴りを
入れられず、の足は空を掻いた。
 「うひゃっ!」
 バランスを崩し、後ろによろける。趙雲が手を出すが届かず、姜維が茶器を持っていないほうの手での背中を支えた。
 「あ、危ないですよ、殿……」
 入り口に立った趙雲は溜め息を吐いた。
 「、お前今、足で蹴ろうとしなかったか?」
 は悪びれもせずに言った。
 「だって、手が塞がってたんだもん」
 普通なら恥ずかしがるとかするだろう、と言ったが、は気にも留めずに、別にぃ、と言ってのけた。いつまでも重い朝食を
持たせてはいけないと思い、趙雲は二人を部屋の中へ案内した。
 姜維は、の後ろを歩く自分を、趙雲が鋭い瞳で射抜くのを感じていた。冷や汗がたらりと首筋を伝うのが解った。
 「姜維」
 趙雲に呼び止められ、姜維はびくっと立ち止まり、ぎくしゃくとふり向いた。
 「それを置いたら、戻ってくれていい。ご苦労だったな」
 口調こそ姜維を労わっているが、目は氷のように冷ややかだった。趙雲の部屋に、だけ残していくのは心許なかったが、
諸葛亮の弟子である自分が、勇名とどろく五虎将軍に逆らえるはずも無かった。
 「……はい……」
 姜維は、が朝食を並べているところに茶器を置き、二言三言交わすと、しょんぼりして部屋を出て行った。
 が卓の上に朝食を並べている横に、趙雲が腰掛けた。ちょこちょこと動くを、涼やかな目が追っていた。
 「はい、できた。どうぞ召し上がれ!」
 一仕事を終え、は趙雲の横に立ち、誇らしげに言った。趙雲はありがとう、と言うと不意にの腰を掴んで、自分の膝に
座らせた。しっかりとの腰を抱き寄せ、耳元でさらりと囁く。
 「一緒に食べよう」
 は顔が熱くなるのが解った。この男は、わざとやっている。自分の腰を抑える逞しい腕は、が両手を使っても引き剥がす
ことはできなかった。
 「あのねえ、子龍。あたしは仕事中なの。これから孟起にも届けないといけないん、」
 「あいつには人参でも与えておけばいい」
 の言葉に多いかぶせるように、趙雲は言った。冷静で穏やかに見えるが、に言わせればかなりの束縛家で、激情家だった。
趙雲は箸を取り、どれが食べたい、とたずねる。
 「これは子龍の朝ごはんなんですけど」
 身を捩って趙雲を見ると、趙雲が目を細めて微笑んだ。
 「どれが食べたい?」
 その微笑には有無を言わせぬものがあって、は諦めたように卓を見渡し、山菜の煮つけを指差した。趙雲の箸が煮つけをつまみ、
の口元へ持っていく。が口をあけて煮つけを食べる。
 「おいひい」
 もぐもぐと口を動かす。趙雲も同じ煮付けを食べた。趙雲を見上げ、は首をかしげた。
 「どう?」
 「美味い。お前が持ってきてくれたからな」
 さらりと言う趙雲に、はしかめっ面をした。
 「けっ」
 朝っぱらから、なんだってこの男は。新婚じゃあるまいし。
 「子龍は全身肝じゃなくて砂糖でできてるんじゃないの」
 そう言うと、趙雲はからかうように耳元に口を寄せ、くすっと笑った。
 「確かめるか? 舐めてみればわかる」
 「っだーーっ!!」
 は両手で耳を塞いで怒鳴った。驚いた趙雲が一瞬腕の力を緩めた隙に、はぴょんと趙雲の膝から飛び降りた。
 「あー、もうっ。やめてって言ってんでしょーが、この女たらし!」
 顔を真っ赤にして喚くを、趙雲は眩しいものでも見るように見つめていた。意地悪く笑んでみせる。
 「好きなくせに」
 は図星でぐうの音も出ず、せめてもの反抗で趙雲に背を向けた。
 「ごちそうさまっ。あたし、戻る」
 「」
 呼び止めたその声がどうにも切なげで、は立ち止まった。
 「うー……」
 それが罠だと知っていても、ふり向いてしまう。
 趙雲は椅子から立ち上がっていて、柔らかい瞳でを見下ろしていた。浴びせる罵声も見つからず、涼やかで冷酷ですらある瞳に
射すくめられ、動けずにいるの顎を捉えて、唇を舐めるように口唇を吸った。ちゅ、と音がして、の頬が紅くなった。趙雲は
満足そうに頷いた。
 「お前の口唇は、砂糖でできてるんじゃないのか?」
 からかうように言われ、はむっすりした表情で、趙雲の体を両手で力いっぱい押しのけた。おっと、と後退ってみせるが、趙雲
ほどの武人が小娘の力で動くはずもなく、結局は趙雲に遊ばれているだけなのである。はどうにも面白くなかった。
 は頬を膨らませ、趙雲に背を向けると、足音高く部屋を出て行こうとした。後ろから趙雲の声がかかる。
 「馬超のところにいくのか?」
 無視してやる。
 なおも趙雲は続けた。
 「妙なことをされぬようにな」
 ぷちん、と、こめかみの辺りで音がしたような気がした。
 は立ち止まり、くるりと振り返った。趙雲からは、怒っているように見えたが、耳まで真っ赤だし目も潤んでいて迫力がない。
は溜め込んでいたものを吐き出すかのように、拳を握り締め、大きく息を吸った。
 「……こンの、エロ将軍!」
 「えろ……?」
 趙雲は唖然としてを見つめていた。は肩をいからせて部屋を出て行った。
 一人残された趙雲は、顎に手をやって考え込む。納得したように、ぽつり、と。
 「……褒め言葉か」















終 2006.6.9

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結菜さん、25万アクセスのニアピンリクありがとう御座いました!
孫家か槍族で第一希望は趙雲…とのことでしたので、趙雲寄りでお送りしました。
お気に召して下さったら嬉しいのですが…。
私は関平並みに結菜さんの足元にも及びません(笑)
せれねは最後のオチ(てるのかどうか不安だけども)のような、都合の良いよう
に解釈して、納得しちゃう趙雲が好きです。(聞いてない)

タイトルの「Bergenia」は、「ヒマラヤゆきのした」というお花の英名です。
花言葉は「秘めた感情」とか「深い愛情」「素直になれない心」で、見た目も可憐で
主人公さんにピッタリだなぁと思ってこのタイトルにしました。
普段タイトル付けないので、センスの無さに笑えてきました…。

これから無双夢が増えていくかも…なんてことを考えながら書いてた作品なので、
一話完結ですが、続編が作れそうな感じの設定にしてあります。
これを機に頑張れたらいいな、とか。
それもこれも、結菜さんが背を押してくださったお陰です。結菜さんがNOと言っても
私は勝手に結菜さんを師と仰ぎます!
リクありがとう御座いましたv

ちなみに、結菜さんにお送りしたリク夢はお名前変換不要になっています。
公開verは要名前変換で、姜維がどもってくれません(笑)ので、あしからず。